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    「ですから私、見たんです。殺人を・・・」

    元スレ:http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1348845601/
    1: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:20:01.41 ID:mMinWQwo0

    定時の巡回から戻ると、派出所には若い女がいた。




    2: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:21:14.14 ID:mMinWQwo0

    「だからさぁ君さぁ・・・ったく・・・」

    そう言いながら額に手を当て、先輩は大きな溜め息を吐いた。
    足元に目をやると、貧乏揺すりをしている。
    先輩が苛立ってるときの癖だ。


    3: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:21:24.60 ID:N5qYI3HZ0

    期待


    5: 忍法帖【Lv=9,xxxP】(1+0:8) 2012/09/29(土) 00:21:49.01 ID:/t7S5aSv0

    見てるぜ


    6: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:22:01.70 ID:GYgpLi0AP

    慌てた私は徐にそのふくよかな胸をじっと見つめ


    8: 忍法帖【Lv=11,xxxPT】(1+0:8) 2012/09/29(土) 00:22:58.85 ID:M4+ndt7d0

    >>6
    こらこら


    9: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:24:49.66 ID:mMinWQwo0

    「あの、僕代わりましょうか?」
    二人の視線が僕に向けられる。

    女はすぐに俯いてしまった。
    先輩はあからさまに安堵した表情になると、お手上げというように大袈裟に両手を挙げた。

    「あー、やっと戻ってきたか。頼むよ。俺にゃ無理だ」


    10: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:26:06.12 ID:mMinWQwo0

    僕は女の向かい側に座り、とりあえず微笑んでみせた。
    これは僕なりの”やり方”の一つだ。

    先輩は誰がどう見ても強面であり、声も太い。
    それだけで人によっては萎縮する。
    その上気が短いときてるもんだから、この手の人間の話を聞くには不向きな人なのだ。


    11: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:27:30.00 ID:mMinWQwo0

    だからといって僕がそういうことに向いているかというと、そんなこともないのだが。
    けれども、この派出所には先輩と僕の二人しかいない。
    一方が【硬】であるなら、もう一方は【柔】でなければならない。

    バランスの問題だ。


    12: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:29:11.61 ID:mMinWQwo0

    先輩は冷酷でもなければ、ましてや悪い人でもない。
    ただただ、勧善懲悪を愛しているのだ。
    それを警官としての、自分の主義としている。

    もちろんそれは間違っていない。
    タチの悪い喧嘩の仲裁や悪漢の対処にあたるときなど、これほど頼りになる人はいないと思う。


    13: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:31:04.90 ID:mMinWQwo0

    何が言いたいかというと、僕らは仕事を分担しているのだ。
    先輩が不得手な案件は僕が対応する。

    近所のお年寄りの世間話に付き合うとか、子供のいかにも子供らしい質問に答えるとか――
    ――そういった日常のこと。
    これらも職務の一つだと僕は思っている。

    そして、現状のようなケースも。


    15: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:35:05.84 ID:mMinWQwo0

    「さて、とりあえずお茶でもいかがですか?」
    僕は一旦、女が纏う張り詰めた空気をなんとかする作業に取り掛かる。

    これも”やり方”だ。

    先輩が「でたな、得意技」と小声で言うのが聞こえた。
    「今日はなかなか暑いですからね」「暦の上では秋なんですけどね」
    等、構わず僕は女に話しかける。
    先輩はなんだかんだ言いつつも、コップに麦茶を注いでいる。
    そして無言で机に置くと、奥の部屋に引っ込んでしまった。

    その間も女は黙りこくり、さっきから俯いたままの姿勢を崩さずにいる。


    16: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:37:01.65 ID:mMinWQwo0

    「どうぞ、遠慮なく」
    そう言って僕は麦茶を口に含み、女にも目で促した。
    そのとき女が何か呟いた。
    けれど聞き取れない。

    「すみません。もう一度お願いできますか?」
    「・・・」

    女の視線が泳ぐ。


    17: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:39:24.91 ID:mMinWQwo0

    僕は女の口元を凝視した。
    鯉のように数回ぱくぱくとした後、女はようやく僕と目を合わせ、話し始める。

    「見たんです。男が・・・男が」
    僕は記録の為のノートを引き出しから取り出し、続く言葉を待つ。

    「殺されました」
    そのままをノートに綴る。
    「そうですか。それは、どこで?」


    18: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:40:31.55 ID:uhe3PvN70

    期待


    19: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:41:43.31 ID:mMinWQwo0

    ノートから視線を上げると、女はマネキンのように目を見開いて、また口をぱくぱくと動かした。
    何度目かのぱくぱくに声が乗る。

    「室内です。浴室です。男なんです。
    首を包丁で切られて。湯船、そう湯船、その中で。裸で」

    ここからは女自身コントロールが出来ないような状態になる。


    20: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:44:05.73 ID:mMinWQwo0

    「血が。首を包丁で切ったから真っ赤です。そうです血です。
    男は口を開けて口からも血が出て、手は首を押さえてます。
     血は溢れます。お湯に混じっても赤くて。止まらない。血が止まらない」

    最早早口言葉だ。
    ちょっとこれは後で読めそうもないなと思いながら、僕はメモする。


    21: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:46:51.63 ID:mMinWQwo0

    「足がバタバタして、手は血だらけで真っ赤。
    次は胸に包丁が刺さって、それが抜けたら血が。もうお湯は真っ赤でそして」

    語彙が少ない。
    血と赤がゲシュタルト崩壊しそうだ。
    自分の書いた文字を追いながらそんなことを考えていると、女の言葉が止まった。

    そしてすうっと息を吸い込みながら目を閉じ言った。

    「死にました」


    22: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:49:21.95 ID:mMinWQwo0

    「なるほど・・・よくわかりました。大変でしたね。
     お話はきちんと記録しておりますので、安心してください」
    僕は僕の手順に従って、ここで会心の笑顔を女に向けた。
    女は薄く瞼を開き、そのまま左右を見遣ると、最後は僕に定めた。

    動かない。ピクリとも。

    「・・・」

    「大丈夫ですか?」
    そう僕が言い終わらないうちに、女は椅子から立ち上がり、それ以上何も言わず去っていった。


    23: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:53:27.63 ID:mMinWQwo0

    「お帰りになりましたよー」
    奥の部屋に呼びかけると、先輩は苦笑いと嘲笑の間のような表情で、伸びをしながら表に戻ってきた。

    「今回はまた一段と――アレだったな。それで、やっぱりぱくぱくしてたか?」
    先輩は先ほどの女の真似をする。
    「してましたね。あ、でも今日はちょっと違ったなあ・・・ああ、目を見開いてましたね。こう、カッと」
    僕も女の真似をする。

    「へえー、面白いな」
    「面白いですよね」


    24: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:55:19.10 ID:mMinWQwo0

    いや、話の内容からすれば、面白がってる場合ではないのだが。
    警官なら尚更。

    「この前はなんて言ってたんだっけ?おまえ、律儀に記録してるんだよな」
    「ええまあ仕事ですから。あー・・・っと、匂いですね、匂い。血のにおいがした、と」
    僕はノートを捲りながら答える。日付けは一昨日。

    あのときは確か、始終鼻をすんすんと鳴らしていた。


    26: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:58:10.47 ID:mMinWQwo0

    「ああ、そうだったな。ていうか、何度目だよ、あいつが来るの」

    僕はまたノートを捲る。
    「今日で四回ですね。最初は、触られただったかな?ああ、握ったか。
     んー?掴んだ?・・・ははっ、意味わかりませんね」
    「全くわからんな!まあぱくぱくはしてたがな。こう、手探りしながら」

    今度は二人揃って女の仕草を真似ながらひとしきり笑った。

    「まあなぁ、笑って済まされりゃいいが、次のは無駄足だったからなぁ」


    27: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 00:59:42.42 ID:Apo2pBGx0

    わくてか


    28: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:00:26.56 ID:mMinWQwo0


    先輩の言う無駄足とは―――


    二回目に来たとき、女は「人が殺される声を聞いた」と言った。

    これは、触っただか握っただかとは意味が違ってくる。
    少々おかしな女ではあるけれど、聞いたとなれば『証言』になり得る。
    どんな人物からの証言でも、職務として聴かないわけにはいかない。


    29: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:02:11.20 ID:mMinWQwo0

    それはどこで聞いたのかと尋ねると、女は一緒に来て欲しいと言う。
    派出所を留守には出来ない為、先輩だけが同行した。

    そして一時間程すると、先輩は一人で戻って来た。

    「あの女、やっぱおかしいぜ」
    そう言ってドカッと腰を下ろすと、だるそうに手帳を僕に差し出した。そこには。


    30: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:04:27.28 ID:mMinWQwo0

    『女性、男の悲鳴を聞いたとの証言』
    『女性に同行』
    『三丁目○×マンション805号室(女性宅)』

    「すぐそこですね。これって、自宅ってことですか?」
    「そうだよ。でな、玄関先で室内を指差すんだ。
     だから、いつ聞いたのかって尋ねたんだ。そしたらな」

    手帳を見ろと顎で指す。
    そこには『二日前』と書かれていた。


    31: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:06:23.76 ID:mMinWQwo0

    「二日前、というと、前に来たときですね」
    「ああそうだ。なんでそのとき言わないんだよ。でも一応確認したよ。具体的にどう聞こえたのかとかな」
    「ですよね、一応」
    「でもな、要領を得ないんだ。内容はやけに詳しいのに、ただもうそう聞こえたんだの繰り返し。あれやりながらな」

    先輩は口をぱくぱくさせる。

    「あー、あれですか。なるほど」


    32: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:08:40.00 ID:mMinWQwo0

    「終いにゃ耳塞いで黙っちまった。仕方ないから、ハイわかりました一応用心してくださいっつって外出たよ。
     それでもと思って部屋の両隣と上下階、マンション近所も聴き込みしてきたんだがな」

    「―――何も出なかったと」

    うんうんと、先輩は何度か頷いた。


    33: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:11:08.05 ID:mMinWQwo0

    僕は再度、手帳に書かれていることを読み返す。

    このマンションの周辺に、同様の建物はない。
    せいぜい三階建ての小さなビルくらいだ。
    女性の自宅は805号室、つまり8階。
    おそらく周囲の建物で殺人があったとしても、声など聞こえないだろう。

    「まあ念のため、しばらくの間注意してみるか」
    先輩の提案通り、その程度しかできないだろうと思った。

    そしてその翌日、再び女は現れ「匂いがした」と言い、さらに二日後の今日「見た」と訴え帰っていった。
    その間、見回りは強化したものの、これといった変化もない。


    34: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:13:22.36 ID:mMinWQwo0

    「あーっ!あれか!!なるほど納得いったわ」

    突然パンと手を叩いて先輩が大声をあげた。
    「ちょ、びっくりした・・・なんですか?一体」
    記録ノートを閉じながら、僕は早くなった鼓動を抑えるよう深呼吸をした。

    先輩は横目で僕を見ながらニヤニヤしている。
    そうして、すうーっと両手を前にあげて言った。

    「幽霊だよ、幽霊。事故物件なんだろうよ、あの部屋」


    35: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:15:27.14 ID:mMinWQwo0

    意外な答えに、僕は正直呆気にとられた。
    先輩がそういった類のものを信じているとは思いもしなかったからだ。

    「いいか?女の話を総合するとだな、事故物件となった原因の殺人があったのは風呂場だ。
     今日言ってただろ、浴室って」

    僕は曖昧に頷くしかなかったけれど、先輩は続けた。


    37: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:21:30.27 ID:mMinWQwo0

    「まあ女は風呂に入るわけだ。するとまず最初に、目に見えない何かに、湯の中で足かなんか掴まれたんだよ。
     そして二日ばかり後、また風呂に入ると今度は声が聞こえるわけだ。殺されゆく男の断末魔だろうな」

    興が乗ったらしい先輩は、相槌を打っていいものか悩む僕などお構いなしだ。

    「そりゃ怖いわな。でも風呂に入らんわけにはいかない。で、次の日。頭でも洗ってるときにだ。血の匂い。こりゃまた怖い。
     だがしかし!風呂には入らねばと浴室に向かったらば、いよいよ幽霊を見てしまったと、そういうわけだろ」


    38: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:23:40.37 ID:mMinWQwo0

    身振り手振りを交えて一気にまくし立てる先輩の姿に、とうとう我慢できず、僕は噴き出してしまった。
    「なんだよ・・・だってそれしか考えられんだろが!」

    僕はどうにか笑いを堪えながら、僕なりの考えを話した。

    「先輩のご意見もわからんでもないですが、おそらく彼女、精神疾患ですよ。その方が現実的です。
     それに、あのマンションで過去に事件があったなら記録に残ってるはずですから、僕らが知らないってことはないです」


    40: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:26:31.51 ID:mMinWQwo0

    笑ってはいけない、これ以上。
    耐えろ、耐えろ。

    お互い別の理由での、少しの沈黙の後。

    「・・・冗談だ、さっきのは。決まってんだろ!」
    「ははは、すみません」
    「ふん・・・どっちにしろ俺らの出る幕じゃねえってことだ。あーあれだ、巡回いってくる!」
    「了解です」
       

       *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


    41: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:29:14.26 ID:mMinWQwo0


    1です。レスできなくてすみません。
    読んでくださってる皆様ありがとうございます。
    あと半分くらいですがこのまま続けて良いですか?


    45: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:32:33.44 ID:PtCXBFBb0

    >>41
    お願いします


    42: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:30:01.65 ID:CYNnaPi+O

    期待してます


    43: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:30:07.15 ID:kSctgo8H0

    どーぞどーぞ!


    44: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:32:01.88 ID:mMinWQwo0


    ありがとう!
    気付いたら1時半とかwなんで残りは明日にしようかと思ったんですが、
    お言葉に甘えて続けます。


    46: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:33:42.73 ID:mMinWQwo0


    女が派出所に四度目の訪問をしてから一週間が過ぎた。

    辺りは薄暗くなり始め、帰宅ラッシュまで一時の静けさに包まれる。
    僕は女のことを忘れかけていた。

    先輩は巡回に行き、雨のせいか今日はお年寄りも子供も来ない。


    48: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:35:27.14 ID:mMinWQwo0

    一人でぼんやりと通りを眺める。

    ふと日誌でも書くかと思い立ち、ペンを手に取ったとき、女の言葉をメモしたノートに目がいった。
    ぱらぱらと捲りながら、殴り書きのような自分の文字を追う。
    所々読めない。

    それでも四回分のメモは、僕の記憶を補完していった。


    49: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:37:11.50 ID:mMinWQwo0

    今、あの女はどうしているのだろう。

    やはり心の病気なのだろうか。
    殺人を見聞きするなどという妄想に取り憑かれる病気、か。

    そんなもの、本当にあるのだろうか――ほんの少しだけ違和感を覚えた。
    警察官という職業ゆえに、そう感じるのだろうか。
    ノートの欄外に『現実』と書いてみる。


    51: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:39:00.14 ID:mMinWQwo0

    現実だけを見つめて、決して見逃してはいけない。
    それが僕の仕事だ。
    各人の頭の中で何が起ころうとも、僕の判断材料は現実という世界にしかないのだ。

    目の前にある、確固たるもの。

    ただ、それは物事の表層でしかないのではないのかという思いも、ないわけではない。


    52: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:40:41.67 ID:mMinWQwo0

    ―――だからといって、目を逸らしてはいけない。

    現実は現実であり続けるのだから。
    それは僕に限られたことではないし、職業が警察官でなくとも、だ。

    けれども、人は複雑な感情を持ち、目に見えない心は深く、誰しも多かれ少なかれ闇を抱えて生きている。
    その闇に囚われるとき、人は罪を犯すのかもしれない。


    54: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:42:33.97 ID:mMinWQwo0

    あの女のような形で発露することもあるのだろう。
    そういう人間を目の当たりにしたとき、それはそれで可哀相だとは思うけれど、僕にはどうすることもできない。

    きっと本質的には誰にもどうにもできないのだろう。

    もし僕にできることがあるとすれば、また何か話したくなってここに来たとき、それを聞くことだけだ。
    そして、聞くところまでは職務であっても、プライベートにまで関わるわけにはいかないのだ。


    55: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:43:38.21 ID:mMinWQwo0

    ―――いや、関わってもいいのかもしれない。
    僕自身もプライベートとしてならば。
    だけど面倒ごとは避けたい。

    結局のところ、それが本音だ。


    56: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:43:55.34 ID:Ti3DZLwd0

    ふむふむ


    57: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:45:02.28 ID:mMinWQwo0

    人に心があることを知っているだけで、その内部にはさほど興味がないのだ。
    頭の片隅にある、表層と深層という概念も、職業上振り払っているわけではない。

    僕はおそらく、自覚している以上に薄っぺらい人間なのだろう。
    微笑むのも仕事だからだ。


    ただそれだけだ。



    58: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:46:54.25 ID:mMinWQwo0


    「あの」

    考え事をしていた僕は、不意に声を掛けられ慌てて振り返った。
    そこにはあの女がいた。
    もしかしたら、自殺でもしているのではないかと、実は少し心配していた自分に気付く。

    そして、ほっとした。
    そういう人並みの気遣いなら、僕の中にもあるのだということに。


    60: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:48:40.82 ID:mMinWQwo0

    「何かお困りですか?よかったら中へどうぞ」

    どうせまた話を聞くことになるのだからと思い、僕は立ち上がって女を促した。
    今日はどんな内容なのだろうと、わずかに期待している自分を抑えながら。

    女は派出所の中を見回して言った。
    「今日、もう一人のお巡りさんは・・・」
    先輩が苦手なのだろう。

    まあ、気持ちはわかる。


    61: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:50:37.95 ID:mMinWQwo0

    「今は巡回に出ております。大丈夫ですよ、緊張しなくても。ああ見えて優しいんですから」
    そう言って僕は微笑んだ。
    いつものように。

    女も口をぱくぱくする。
    いつものように。

    ぱくぱく。ぱくぱく。ぱ。
    「私、食べました」

    「た、食べた?えっと?あー・・・なーるほど。ええと、それで何を食べたのですか?」


    64: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:53:37.90 ID:mMinWQwo0

    なぜいきなり食べ物の話?
    展開が読めない。
    まあそれも毎度のことではあるのだけれど。

    「まあ、立ち話もなんですから座りませんか?」
    椅子を引いてみたものの、女は動こうとしない。

    ぱくぱく。ぱくぱく。

    口は動いているのだが。


    66: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:55:27.95 ID:mMinWQwo0

    若干頬が引きつりつつ、それでも僕は笑みを絶やさぬよう、話の続きを待つ。
    すると女は唐突に、舌をだらりと垂らし、そのままニィっと口角を上げた。

    「らから、はえはんえす。おほほを」
    「・・・!?」

    女の表情に気を取られて聞き逃してしまった。
    何と言った?
    聞こえていたのに意味が解らな・・・いや違う。


    67: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:57:01.70 ID:mMinWQwo0

    女が発音できていないのであって、ぼ、僕が理解できないわけでは―――

    「塩味でした、生だと。鉄って舐めたことあります?まあ鉄の味もしました。びりびりします、舌が。
     それから焼くときは油をひいて塩胡椒です。茹でたものはさらに味付けが必要です。醤油とか」

    なにを――?


    何を言ってるんだこの女は。


    69: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 01:59:46.64 ID:mMinWQwo0

    「匂いもしました。生はやっぱり生臭い。焼いたら良い匂い。煮ると微妙です。好みじゃない。
     ああでも舌触りは一番良かったです。生は、味は好きだけど噛み切れないし」

    気付くと女は舌を引っ込めていた。
    随分赤い舌だったな、などと、どうでもいい事を思う。
    目の前には、一心不乱に何かの味について語っている女。


    70: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:02:05.27 ID:mMinWQwo0


    「ですから、男を殺して食べました。ここで見て」
    女は目を指差す。

    「ここで聞いて」
    耳を。

    「ここで嗅いで」

    ああ、鼻。


    72: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:04:19.37 ID:mMinWQwo0

    「この手で」

    手。逆の手に、おまえ、何を持っている?

    「刺して」
    「・・・あ・・・あ」

    「食べました」

    また、舌が垂れている。
    口角が――笑っているのか、この女――。



    僕の腹には、包丁が深々と刺さっていた。



    73: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:06:02.58 ID:mMinWQwo0


    心の闇。
    妄想。
    病気。
    違和感。
    可哀相に。
    僕は、違う。


    ―――いや、そうじゃない。

    バラバラだったんだ。


    75: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:07:39.00 ID:e4nn10oN0

    怖い


    76: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:08:00.15 ID:mMinWQwo0


    僕は、現実を聞かされていた。

    見て。
    聞いて。
    嗅いで。
    触って。
    そして、味わったことを。
    全て現実。

    現実を見失っていたのは僕の方だったのか。


    ―――待て。
    とすると、僕も、食わ・・・れ・・・?

    先、輩。たすけt


       *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


    77: 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(1+0:8) 2012/09/29(土) 02:10:44.99 ID:+hlT/Xzc0

    えっ終わり?


    78: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:10:52.78 ID:kSctgo8H0

    えんだああああああああああああああああああ


    79: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:12:45.39 ID:Ts1+/04q0

    いやああああああああああああああああああああ


    80: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:13:01.41 ID:mMinWQwo0



    「あなたは」
    「そうだ。覚えているか?」
    「ええ」

    全く悪びれた様子もない女に、俺は腸が煮えくり返る。
    俺と女を遮る分厚いアクリル板が無ければ、俺は間違いなくこの女をぶん殴るところだ。


    81: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:14:19.95 ID:Ti3DZLwd0

    ふむふむ


    82: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:14:29.64 ID:mMinWQwo0

    「なぜ殺した」

    怒りで声が震える。

    「なぜって」
    「食うためか」
    「それが成り行きならば。でもあなたに見つかりました」
    「・・・化物が」
    「殺したのは手です。私とは違う」

    まだ言うか、この女―――。


    83: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:16:38.24 ID:mMinWQwo0



    あの日。


    巡回から戻ると、あいつの姿はなかった。
    代わりに大量の血と、引き摺った跡。
    俺はそれを追った。
    すっかり陽は落ち、小雨が降る中、それでもそれは俺を導くように続いていた。
    三丁目。
    嫌な予感がする。
    ○×マンション。エレベーターへと伸びる血溜まり。
    805号室。
    今にもドアを閉めようかという女の姿。そして。



    85: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:20:20.07 ID:mMinWQwo0


    「なぜ、殺した!あいつはおまえの話をいつだって真剣に聞いてたじゃないか!なのになぜだ!」
    そうだ俺は、あいつを食いたかったのかどうかなんて聞きたいわけじゃない。
    「おい!説明しろ!」

    刑務官が制止するように俺を見る。
    女は口をぱくぱくする。

    ぱくぱく。ぱくぱく。ぱくぱく。


    86: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:21:33.55 ID:Ts1+/04q0

    こえーよ・・・


    87: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:22:22.15 ID:mMinWQwo0

    「美味しかったです」
    「はぁー?」
    「だって男が聞くから。旨かったか?って」

    「・・・」
    「・・・」

    「―――おまえ、ふざけるのも大概に」
    「美味しかったです美味しかったです美味しかっ」
    「やめろ!!」


    90: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:24:02.31 ID:mMinWQwo0

    声は止んだが相変わらず女はぱくぱくしている。
    そして俺を――いや、俺の右肩越しを指差した。

    「いるんだもの、そこに男が」

    思わず振り返る。だが誰もいない。いるわけがない。
    俺は一人で女の面会に来たのだから。


    91: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:26:04.71 ID:mMinWQwo0


    「こっちには」

    女の声に向き直る。
    すると人差し指はそのままで、今度は左肩越しを指し言った。


    「若い、あのお巡りさんがいます」




       *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *



    93: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:28:36.94 ID:mMinWQwo0


    俺は、こう見えて霊というものを信じるタチだ。
    おまえは笑ったがな。

    でもどうだ?

    おまえ、幽霊になってんじゃねえか。
    まあ俺にゃ見えないんだが。
    信じてんのにな。
    あの女をじゃねえぞ?
    幽霊を、だ。


    94: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:30:23.70 ID:mMinWQwo0


    あの女な、おまえの件は問答無用で逮捕だったが、例の、食ったって男な。
    あれは証拠がない。女の自供だけだ。
    自宅風呂場で殺して、自分ちで料理して全部食ったってんだから、何かしら痕跡があってもいいはずなんだが。

    なにもない。立件できないんだ。


    95: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:31:59.92 ID:mMinWQwo0


    なあ、おまえは知ってるのか?
    本当にそんな殺人があったのかどうか。

    食われたっていう男、女に「俺は旨かったか?」なんて聞いた男。
    おまえの隣にいたんだってよ。
    今もいるのか?
    いるんなら聞いてくれよ。


    96: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:34:01.48 ID:mMinWQwo0


    いや、違う。
    俺の聞きたいことは別だ。
    あのさ。
    おまえ、どう思う?
    やっぱりあの女は病気なのか?
    おまえ、そう言ったろ?精神疾患じゃないかと。
    それが現実的だと。



    なあ、『現実』ってなんだよ?



                                         終




    97: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:36:05.38 ID:mMinWQwo0


    1です。
    長時間お付き合いいただきありがとうございました。
    途中わかりにくい部分もあったかと思いますが、最後まで読んでくださった皆様に感謝感謝!


    98: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:36:05.80 ID:Ti3DZLwd0



    100: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:37:03.45 ID:PtCXBFBb0

    おつです!


    101: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:41:39.77 ID:CYNnaPi+O

    おつー!面白かった!
    夜中だから余計よかったよ


    103: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 02:54:45.76 ID:mMinWQwo0

    間もなく朝ですが、歯磨きして寝ます。
    読んでくれてありがとう!!
    おやすみなさいノシ


    104: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 03:11:21.03 ID:WjBNAAIX0

    面白かった


    110: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 14:35:46.17 ID:e4nn10oN0

    最後の最後が分かりにくかったのが残念だけど
    全体的に引き込まれるような文章で面白かったです。
    お疲れさま


    111: 名も無き被検体774号+ 2012/09/29(土) 14:36:30.65 ID:wFzQEcV30

    楽しませていただきました!乙!


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